「昨日、富良野で-倉本聰さんに聞く」

(記者)富良野移住から2年後の79年、STVで『1年』というドラマが放送されました。

(倉本)「ドキュメントとドラマとを結び付けた画期的なものです。ドラマは、役者が演技っぽくなっちゃう。ドキュメントは、リアルなんだけど都合よくことが起きない。その両方を合体させて一本のドラマを作れないか。実際には1年半かけて、釧路工業高アイスホッケー部の花形選手と、隣の釧路星園高のバレーボール部の女の子が3年生になったところから、並行してずっと追いかけたんです。季節ごとに1回ずつ、釧路から根室に行く列車の中の通路をはさんだこっちの席に女の子、別の日に向こうに男の子を座らせて撮ったんです。男の子がこっちを見る瞬間に女の子の映像を編集でくっつけると、ほれるっていう 感じが出てくるんです。実際には2人は交際してないし、無関係なんです」
「何から発想したかというと、当時百恵ちゃん(山口百恵)の『赤いシリーズ』が人気で、忙しい百恵ちゃんだけのシーンを撮り、母親役の八千草薫さんだけのシーンを撮って、後で合わせるというやり方をしていたそうです。八千草さんはついに頭に来ちゃって、降りて渡辺美佐子に代わるんです。映像は別々にとっても、くっつくと思ったのね」

(記者)『1年』の中で、「季節の中で」が流れていました。

(倉本)「最初の映像を撮った時に、僕の家に機材を持ち込んで編集したんです。STVが『うちで面倒みているこれから売りだす歌手に音楽を付けさせたいから連れて行っていいか』というから、いいよと言って、その子を連れてきて、映像をちょっと見せて、曲を付けてみてくれますか、と頼んだんです。なかなか良かったんです。これがデビュー前の松山千春で、『季節の中で』っていう大ヒット曲なんです。それが、テーマ曲として頭にかぶるんです。最後にどうにも高校生2人の接点がないので、松山千春の釧路でのコンサートに2人とも連れて行ったんですよ。でも最後まで会わせなかったんです」

(記者)単発の約1時間ドラマですね。

(倉本)「1年半かけたのに、北海道でも、その後の東京でも昼間の時間帯にしか放送されませんでした。そんなに地方局はひどい扱いを受けてるのかって、中央局に対する憎しみのような何かが湧きましたね。変な言い方をすると、僕は結構売れてましたからね。当然、ゴールデンタイムに全国放送でやってくれると思っていたし、そんな扱いを受けると思わなかったから、寂しかったというかショックでしたね」 「北海道新聞」2012年11月14日付朝刊富良野版より
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by hokkaido-h | 2015-11-06 15:08 | 松山千春